種火

「なんで?」
そう問われて、言葉に困った。

家族に黙って 出ていった理由。
…知らない。

実家を脱出することを決めたとき
もうすでに記憶は消えていた。

不在時、家族が
勝手に 部屋に侵入するのがイヤだったとか
他愛ない、実感もリアルな感情も伴わない
そういうコトなら いくつか覚えている。

過去の記憶は
まるで水族館の魚をながめるよう。

私自身に何があったか。

鳥取での関係を、生活を仕事を
すべて断ち切っていく決断をした理由は
全然思い出せない。

ココにいたらヤバい。
それがいちばんリアルな感覚で
いちばんリアルな行動理由。

…ただ、何がヤバいか知らない。

寒気を伴った気持ちのざわめきが
時折体を突き抜ける。

鳥取では 未来に進もうとしても
過去の泥沼から 足を引っ張られて
泥沼に頭を沈められて
いつまでも、いつまでも
空を見れなかった。

そんな 曖昧な感覚。

行動理由は それだけだった。