あるひとつのおわり

終わりを知る瞬間がある。

なんかよくわからない静寂のとき
風が止むとき。

これで終わり。

理解してるつもりでも
繋ぐ何かを求めてしまう。

あの日の記事を探してた。

8月だったと思い込んで
見当違いな所を探してて、
1時間かかって ようやくみつけた。
あの日は10月だったんだ。

5月20日はリコーダーのレッスン。
もう、いつここから離れてもおかしくない
十分な時間を過ごしたあとに
再開してしまった リコーダー。

先生はいつも
「長い期間をかけて少しずつ…」と
アドバイスしてくださるけど
そのたびに戸惑う。

今笛を吹いてるけど、先は知れない。
吹いていたい。吹いていたいよ。
それでも

広島は…
学校も、仕事も、音楽も、
私を場所に繋いでる“糸”が解けたとき
広島は過去のものになった。

居たいからといって
居れるものではないんだ。

広島で5年以上続けたリコーダーも然り。
続けたくて、何度も模索して、しかし
鳥取で続けるのは 不可能だった。

ふたたび笛を手に取るまで
鳥取と東京で、空白の5年間を過ごした。

仕事をするなら、私はまだ
きっとココにいられるんだろう。
だけど
私の身体は どこまでもつんだろう。

全労済、都民共済、アフラック…
保険の冊子を集めていたのも、今週。
どうにかして細い糸を繋いでいたくて。

「私は渡り者だから、生き急いでしまう」
先生に宛てたメールの
自分で書いた文章に 気づかされる。

23日、バイト先のチーフが
突然異動することになった。

片付けが得意ではなくて
作業場がメチャクチャになって嫌だったけど
いつも私らを 気にかけてくれていた。

はさみもペンも右使ってるのに
かなり早い段階で
両利きだってことに気づいたのには驚かされた。

外国から来たパートさん
西の田舎から、東京に流れて来た私。
それがこの場に集ったのを
チーフは「縁」と言った。

あぁ…
何か起こると
糸が解けちゃうんじゃないかと
落ちつかない今日この頃。

2016.05.19~05.26

#おわりとはじまり #日記